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梅干しマイスターの琴線



かくだ創業スプラウトは平成30年度より「食の創業支援」を実施し、「食」に関する創業がしやすい町づくりに取り組んでいます。角田市には豊かな食材があり、個性的で素晴らしい多くの生産者さんが角田の「食」を支えています。そんな素晴らしい生産者さんたちの魅力を皆様に伝えたい!この記事を見た方達が、この生産者の食材を食べたい!使いたい!と思うキッカケにしたい。そんな想いを伝えていくのがこの企画です。


今回取材をお願いしたのは、地元角田市ではご存知の方も多い、梅干し名人の佐藤きい子さん (以下、きい子さん) です。きい子さんといえば、日本でただ一人の「梅干しマイスター」として有名で、全国からきい子さんの梅干しを求めて問い合わせがあるほど。


取材をご依頼する前に、ウェブ上のきい子さんの記事すべてに目を通しました。梅干しづくりの他に、技術を伝承する活動や角田市の梅干し文化を伝える取り組みもされています。そして、現在は梅干しづくりのほとんどを息子夫婦にまかせているとのこと。梅干しづくりにまつわるストーリー、梅干しづくりのこれからなど、まだまだ伝わっていないきい子さんの想いがきっとあるはず!そう思い立ち、今回はきい子さんに加えて、息子の修一さんとお嫁さんの久美子さんにもお話を伺いました。



インタビュア:武智靖博(以下→武)

インタビュイ:佐藤きい子(以下→き)、佐藤修一(以下→修)、佐藤久美子(以下→久)




きい子さん的”美味しい梅干し”
やさしい口調で丁寧に説明してくださるきい子さん

武)梅干しマイスターのきい子さんにとっての美味しい梅干しが、どういう梅干しなのかすごく興味があります。きい子さんにとって、美味しい梅干しとはどんなものですか?


き)今日疲れた~、ご飯食べたくないな~という日に食べたいと思える梅干しですね(笑)しょっぱくて酸っぱい梅干しが自分に合いますし、美味しいなと思います。昔はお茶受けに砂糖をかけて食べていたんですよ。


武)え~砂糖ですか!?想像がつきません!(笑)

そのお話も興味があるのですが、きい子さんは梅干しを普段どうやって食べていますか?


き)毎朝ご飯と一緒に、毎日食べています。梅干しを食べていると風邪は引かないですね。


修)梅干しは体の免疫を上げてくれるんです。


き)紫蘇にも殺菌作用があります。それが梅干しの効用と重なってすごく体に良いものになるんですよ。梅干しが日本に伝わったときの本を読むと、天皇がお腹壊したとき、梅干しを食べて治ったという言い伝えがあります。それで日本に伝わっていったらしいです。梅干しは O-157 の時などには全部売れてしまうんですよ。


修)インフルエンザ、昔だとコレラのときも不思議と売れます。梅干しは食べると免疫が上がるので、自分の力で風邪などは治すことができるようになります。


武)だからきい子さんはお元気なんですね!ここまでお聞きすると、きい子さんにとっての美味しい梅干しは、疲れたときに食べたいものだというお答えに納得です。美味しいだけでなく、体も求める梅干しということなんですね。




梅干しづくりは”理屈”と”感覚”

武)梅干しづくりの工程自体はすごくシンプルだと思うんです。だけれども、調べても工程の意味がよく分からないところがありました。私も含めてそういう方がほとんどかと思いますので、梅干しづくりの工程について伺わせてください。まず、収穫した梅を水にさらすのは、アク抜きの他にどういう効果があるのでしょうか?


き)アク抜きの他には、梅の種離れをよくするためです。そして、水からあげて水が切れたら塩に漬けます。梅はコロコロだから、下の方は塩を少なくして、上の方は塩を多くします。そして重石をすると、梅から汁が出てきて塩と混ざります。そうすると塩の汁が下がって、上と下の塩分の均衡が取れます。全体的に均一に塩を詰めてしまうと、上がしょっぱくなくて、下がしょっぱい梅干しができてしまうんですよ。重石をかけると、3日で汁が出始めます。それから重石を外して10日前後で干しの工程に進みます。


修)基本10日前後だけども、汁の上がり具合で決めます。


武)何か基準がありますか?それとも見た目で判断しますか?


き)長年やっていくと感覚的なものになりますね。10日くらいでザルにあげて、干して、塩漬けして出た汁で本漬けをします。汁は投げません (※1) 。他だと投げるところもありますが、出た汁で漬けるのがポイントですね。


武)長年やられているからこそ、感覚的に判断されるんですね!それと今のお話で気になったのは、汁が上がってきたら、梅を一旦干すのなぜですか?


き)三日三晩干すと、余分な水分が飛ぶことにより出来上がりがふわっとなり、又太陽光線で殺菌されます。干し加減が一番難しいですね。梅の収穫時期と干し方が梅干しの出来を一番左右します。青から黄色くなる間のタイミングで収穫します。その時期に採ると梅干しがふわっとします。黄色い時に収穫すると、軟らかくてみんな壊れてしまい、あんまり青いと硬くて美味しくないですね。


修)完熟した梅は酸っぱさがマイルドになって甘さがでます。それを梅干しにすると本当に美味しいですが、潰れて商品になりません。だから完熟一歩手前のもので作るのがベストですね。200本程の梅の木から一斉に収穫するのは本当に難しいです。


武)収穫するタイミングによって、それだけ出来が左右されてしまうんですね。梅干しづくりはとても繊細なんですね。そうすると、梅の種類によっても加工法は違ってきますか?


修)白ケ賀は少し硬く、肉厚のため梅酒やカリカリ梅が合いますね。越の梅は皮が薄く、ふわっとしています。南高梅は完熟すると美味しい梅です。


き)和歌山県の方だと完熟して落ちた梅を漬けます。でもそれだと効率が上がらないですね。一度完熟したやつでジャム作りしたことはあります。一年でボツになりました。いつ落ちるか分からないから、こちらも生産者も大変になってしまいます。だから一つのものに集中しないと完成しない。あっちもこっちもでは手が回らなくなります。


武)一つのことに集中し続けることって、実はとても難しいですよね。


き)そうなんです。難しいことだけども、本当にいいものができます。


武)なかなか完成しないからこそ、理屈と感覚がずっと大事になるんですね。



※1 「投げる」とは東北地方の方言で、「捨てる」という意味。



世界で唯一の梅干しマイスター
工房で作業するきい子さん

武)そもそも「梅干しマイスター」とは、どういったものなのでしょうか?


修)梅干しマイスターは、長い間梅干しを上手に作っていればもらえるものではありません。どのような普及活動をしたかなど、両方ないともらえません。母は中学校の子供達に5年間食育を行なっていました。そしてその活動を、推薦して頂いた人との交流があげられます。皆さんのお力によるものです。


き)西根中学校から依頼があり、総合学習という形で行なっていました。1、2回で教えられるものではありませんから、まとめると1週間くらいの期間が必要でした。梅採り、水積け、塩漬け、出して干し方、本漬け、紫蘇を持っていって葉を取ってもらったこともあります。生協でも講習など行い、一生懸命やりました。


久)そういう活動が認められて、日本で初の梅干しマイスターを頂きました。後継者の存在も条件として必要でした。


武)梅干しマイスターになるには、美味しい梅干しを作れるだけでなく、後継者と普及活動を通して社会に貢献しないといけないんですね。そう考えるととても難しいものですよね。


き)私は昭和48年から梅干しを作り始めました。だいたい40年くらいになります。梅干しマイスターを取るために、県庁の人たちから指導をもらって活動していました。1回目の申請では駄目でしたが、活動を続けて2回目の申請でようやくいただくことができました。




継いでいってほしい

武)本日はきい子さんにお話を伺うことと、実は、現役の修一さんと久美子さんにもお聞きしたいというのが、もう一つのテーマなんです。


息子の佐藤修一さん

先ほども後継者のお話が出ましたが、きい子さんの美味しい梅干しを受け継いでいくことは、すごく重要なことだと思うんですね。現在は、作業のほとんどを修一さんと久美子さんに任せているのでしょうか?


き)息子夫婦の記事はまったくないですし、後継の話は私もすごく大切だと思います。今回は私ではなく、息子たちの記事にしてください(笑)今は梅干しづくりを継続してもらうために、ほとんど息子夫婦に任せています。

お嫁さんの佐藤久美子さん

修)作るのは私たちだけど、最終の確認は今も母に頼みます。私は立ち上げの時から一緒にやっています。以前のサラリーマン時代は作業できる時間も少なかったです。土日とか朝や夕方に手伝っていましたが、今は会社も辞め、梅干しづくりに専念しています。

き)息子をあてにしてやっていました(笑)私と主人だけでは大変ですから。私が引退する時、継ぐか聞いたらやってくれると言ってくれました。

修)梅干し作りは重労働です。梅干しを運ぶコンテナは20キロ近くあります。それを何個も上げたり下げたりしないといけません。味とか子手返しの感覚はきい子さんや女性の方が良いですが、重いものをあげるのはやはり男手がないと厳しいですね。 武)きい子さんが梅干しづくりをはじめ、普及活動を行なっている姿を見てこられて、修一さんはどのように感じていましたか?

修)普及活動は非常によいことだと思っています。それがあるから梅干しの食文化が次の世代に伝わります。そこがとても重要です。今のところ私たちの子供たちが継がない可能性が高いので、自分が梅干し作りをやってみたいという若い世代の人たちに技術を伝えていきたいと考えています。ここでなくしてしまうのは勿体無いです。ただ、今は美味しいものだけを作っていても売れないという方程式があると思います。そこで、梅干しが美味しい食文化の一つだと、次の世代に上手く伝えることができたら、必然的に残っていくかなと思っています。

武)梅干しは昔からある分、若い人たちの目はなかなか向かないですよね。こういう味だと思っている。そこが味だけではない本来の良さが伝わると需要がまだまだあると思います。

き)学校での最後の授業で、子どもたちに必ず伝えることがあります。「あなたたちは西根に残る人と外に出て行く人がいる。生まれた地元の梅干しの作り方やそれが存在していたことを忘れないようにしてください。これが角田の食文化の梅干しですから。」これは伝えてきたつもりです。だから息子の子供たちがやらなかったら、誰かやりたい人に技を教えて、継いでいって欲しいと息子に伝えています。

修)ただ、経営が成り立たないと大変です。引き継ぐ人もやる限りは、生計を立てていかないといけません。美談だけの話だけでなく、生計を立てれる仕組みづくりをいかに進めていくかが大事です。

き)やってみたいという気持ちだけでなく、どの程度の収入になるか話し合うくらいの気持ちのある人が出てくると嬉しいですね。




食文化とお母さん

武)先ほど「食文化」というキーワードが何度か上がりましたが、梅干しを含めた食文化をどのようにお考えですか?


修)食文化は面白く、それを繋いでいく役割はお母さんだと思っています。家庭の食事は、お母さんが好きなものを買って、自分の子供達に食べさせます。小さい頃食べた味はいつまでも覚えています。例えば、お母さんが梅干しを嫌いだと、買いませんから子供達が食べるということがなくなります。食文化の引き継ぎはお母さんがキーポイントですね。


武)最近思うのは焼き魚の食べ方ですね。特に若い世代の人は、上手に食べれない人が多いですよね。お母さんが焼き魚が好きじゃないと食卓に出ませんから。


修)お母さんの立ち位置は、非常に高いところにあります。お母さんがやらないと、家の中では食文化は回りません。いいものは残っていくだろうけど、なくなっていくものもありますから。


き)後継ぎのことを色々やっているけど、昔の人たちも色んなことを考えてやったけれど、半分くらいの食文化はなくなっているような気がします。


武)先日お話させていただく機会があった玉松味噌醤油の阿部工場長が仰っていましたが、米と味噌汁を食べていれば、体に必要な最低限の栄養を取れてしまうそうです。発酵食品は世界中にありますが、そんなにバランスがいいものは味噌しかないそうです。昔からある食品は不思議とそうなっているんですね。


修)普通の食材は1、2ヶ月食べ続けると飽きてしまいます。お肉が好きでも食べ続けられません。でも米、味噌、醤油、梅干しは毎日食べても飽きない力を持っています。米、味噌、醤油、梅干しは主役ではないけど、食生活になくてはならないものです。食文化としてすごくいいものですね。


き)昔は味噌汁に具がたくさん入っていて、栄養が取れていました。それが逆転して、女性も勤めるようになってきて、忙しいからと、具が少なくなってしまいました。昔はおかずがなくても、味噌汁がおかずになっていました。こうやって少しずつ変わってきましたね。




これまでとこれから

武)久美子さんが気をつけてきたのは、どういったところでしょうか?


修)品質にはとても厳しいです。自分より厳しいです。まさにうちの品管ですね。


久)クレームを出すと一生ダメになってしまいます。その時のダメがずっと繋がってしまいます。だから本当に品質には気をつけています。何よりも売っている表の名前はきい子さんですから、名前を貶してはいけないと考えています。


修)今までやってきた品質管理が、お客さんに受け入れられていると感じます。口コミでも私たちの梅干しがいいよねと言ってくれるお客さんが増えてきています。電話での問い合わせや直接会いに来てくれる方もいます(※2)。積み重ねですね。


武)これからチャレンジしてみたいことや、変わらずに継続したい仕事はどういったところになりますか?


修)この20〜30年の間、梅に関わる商品はいろいろと開発していますが、味を変えることはやっていません。今の漬け方をスタンダードでやり続けたいです。他には、減塩梅干しを欲しがっている人がいるので、そちらもやりたいと思っています。ですが、塩分が17%を下回る減塩の梅干しにする場合、常温での保存ができないことを考えると、現状では難しいです。それと、今人気のあるはちみつ漬けはやりたくないですね。角田市特有のしょっぱくて酸っぱい梅干しを続けていきたいです。そこは崩したくないですね。昔の味に出会えたと、喜びのお電話をいただいたことがありますし。


武)最後に、生産者としてどのような思いで消費者に梅干しを届けているのか、お一人ずつお話してていただけますか?


き)手間隙をかけた分、美味しいって食べてもらうのが一番です。


修)皆さんに健康になってもらえる食材であってほしいです。梅干しを食べて健康に、元気に生活していただける事が一番ですね。


久)品質が良いいことが一番ですね。そして、手軽に買い求めやすい値段。日本の昔ながらの本当の梅干しの味を作っていきたいです。


武)本日は長時間お付き合いいただきありがとうございました!



※2 基本的には、生産現場で直接の販売は行っていませんのでご注意ください。





<後記>


今回は梅干しマイスターの佐藤きい子さん、跡を継がれている息子夫婦の修一さんと久美子さんにお話を伺いました。冒頭にも書かせていただきましたが、当初はきい子さんの梅干しマイスターとしての想いやストーリー、梅干しづくりの後継者といったトピックがお聞きできればと考えていました。ところが、梅干しの話が行き着いた先は、角田の食文化でした。


きい子さんも修一さんも角田の食文化として梅干しを考え、その素晴らしさを本当によく理解されています。だからこそ、角田の食文化を伝えていくための後継の話にはとても敏感だったんです。きい子さんに、ぜひ後継者の修一さんと久美子さんにも取材させてほしいとお願いした時の、真剣な表情で改めて私のほうを向いた瞬間を今でも覚えています。40年もの間「梅干し」に関わり続け、その作業のほとんどを後継に任せる今、角田の食文化の将来を憂うきい子さんの琴線に触れたような気がしました。


きい子さんや修一さん、久美子さんが伝えてほしい内容になっているかは分かりません。ですが、きい子さんのそのときの眼差しを思うと、生産者さんにはきっと言葉にはなりきっていないけども、伝えたいこともあるのだと学ばせていただきました。この場が、その一端でも担えるようにしていきたいと改めて思います。


それにしても、みなさん初対面の私にとてもやさしく、気さくにお話してくださいました。居心地が良すぎて、取材時間は2時間をゆうに超えるほど。次は取材ではなく、お茶菓子を片手にお邪魔しに行こうかな。


Writer profile

武智靖博 veeell Inc.ディレクター

中国上海での建築設計活動を経て、故郷の角田へ。

現在はコワーキングスペースGomboppaの番人。いつも年齢より若く見られる童顔王子。旅先の岩手の飲み屋で学生だと思われ、さすがに意気消沈。

押しメンは今までもこれからもロベルト・バッジョ。

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